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朝、NTTリストラとたたかう労働者にエール 夜、安保破棄6・23大阪集会であいさつ 

2005年06月23日

 朝宣伝にむかうため、自宅近くの駅のベンチで演説原稿を練っていると、「おはようございます」と声をかけられました。見上げるとNTT労働者のKさんです。2年前、NTTが50歳を越える労働者を全員退職させ、子会社に再雇用して賃金を3割カットするという「11万人リストラ」を強行したときに、Kさんは「そんなやり方は許せない」と子会社行きを拒否したために、名古屋に配転となりました(詳しくは、2003年8月3日付けの「朝もやの駅のホームに立つ男」をご覧ください)。

 「大阪に戻ってきたんですか?」ときくと「4月から戻りました」と笑顔が返ってきました。よかった!はじめは名古屋まで新幹線通勤し、後半は部屋を借りて単身赴任していたKさん。裁判や、国連人権委員会、ILO本部まで出かけての告発など、あらゆる手段を使って「日本最大企業の人権侵害」とたたかってきました。きくと、名古屋に「見せしめ配転」されたNTT西日本の労働者で裁判に訴えた35名のうち、17名が出身地方に戻ったそうです。係争中にもかかわらず、過半数の原告が地元に戻ったとはすごい。2年前、Kさんは「このたたかいは必ず勝ちますよ」といっていましたが、こんなに早く勝利の展望をひらくとは大したものです。

 Kさんたちのたたかいは、裁判に踏み切れなかった労働者、泣く泣く子会社に行った多数の労働者からも、「NTTに一矢報いてほしい」と注目されています。すべての労働者の働き方、ひいては国民生活のあり方に重大な影響を与えるNTTリストラと、がっぷり四つの堂々たるたたかいを展開し、緒戦の勝利をかちとったKさんたちに、心からエールを送りたいと思います。

 kさんと別れ、阪急淡路駅で朝の宣伝。日中、党大阪府委員会で会議。夜は「安保破棄6・23大阪集会」に参加し、主催者を代表して開会のあいさつをさせていただきました。きょう6月23日は、60年前に、第2次世界大戦中、日本で唯一住民を巻き込んだ地上戦がおこなわれた沖縄戦が終結した日です。そして45年前に、現行の日米安保条約が発効した日です。

 沖縄戦では、離島に疎開していた沖縄師範学校の女子生徒五百人余が、従軍看護のために本島に呼び戻され、三百数十人が亡くなりました。「ひめゆりの悲劇」です。十数年前に「ひめゆり記念館」を訪ねたことがあります。展示室の壁一面に、亡くなった方々の遺影が並んでいました。お一人お一人のお名前、亡くなった場所、年齢を見てまわりました。一番上で20歳、一番下は15歳でした。その場に立って思いました。彼女たちももっと生きたかったろう。教師になって教壇に立ちたかったろう。恋もしたかったろう…。しかし、それが彼女たちには許されませんでした。

 彼女たちも含め、日本人310万人、アジアの人々2000万人が、日本の起こした戦争の犠牲となりました。こうした人々の無念の思いに応えるために、私たちにできることは何か?日本の起こした戦争を「正しい戦争だった」と主張する靖国神社に参拝することでは決してありません。二度と戦争をしないことです。そのために日本国憲法を守り抜き生かすことです。

 それを覆し、憲法9条を投げ捨てようとする動きの根本に、アメリカの世界支配戦略に、日本を軍事的にも、経済的にも、政治的にも組み込むことを規定している日米安保条約があります。ならば、憲法ではなく日米安保条約こそ破棄すべきで対象です。集いには会場いっぱいの450人が参加してくれ、沖縄の辺野古沖に米軍の新基地建設を許さないとがんばっている海上行動隊の阿部和子さんが現地の状況を報告、関西大学教授で「九条の会・おおさか」事務局長の吉田英司教授が「安保が憲法を直撃!」と題して講演してくださいました。

 集い終了後、大阪における憲法改悪反対闘争の今後について相談、その後、党大阪府委員会に戻って週末の各種講演の資料を準備。自宅に着いた時には日付が変わっていました。

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