淀川区に”ゲタキン”と呼ばれる人がいます。全大阪金属労働組合で書記長をつとめる永田芳春さんです。短く刈り込んだ頭髪にギョロ目は迫力満点。でも大きな口でニカッと笑うとなんともいえず愛嬌があります。組合事務所でも団体交渉の場でもいつもいつも下駄履きなので”ゲタキン”と呼ばれるようになったそうです。
ゲタキンさんの職場は北陽電機という会社でした。でした、というのはいまから1年前に職場を去ったから。長引く不況の影響もあり、北陽電機の経営が厳しくなったのです。ゲタキンさんはいいます。
「団交の場で、社長が涙流しながら経営状況を説明しよりましてな。組合としても分析したんでっけど、これはウソやないなと。それで決断をして、ワシら定年に近いもん10数人が身を引くことにしたんです。その代わり退職金やなんや取るべきもんは取りましたで」
これは決して弱腰でも何でもありません。ゲタキンさん率いる北陽電気の労働組合は、これまで、ここぞというときには1週間や10日間のストライキを打ち、そのなかで組合員を増やし、団結して要求を実現するという、骨のある活動を展開してきた組合でした。そうやって経営側と対等に渡り合ってきたからこそわかったのでしょう。今度の事態はただ事ではないと。それで若い労働者の生活を守るために自ら身を引いたのです。
その後、北陽電気は、経営者と労働者が力をあわせて研究開発にとりくみ、得意のロボット技術の開発で経済産業省に対する補助申請が承認されるなど、経営も立ち直りつつあるそうです。そのことをどう感じているか、ゲタキンさんに聞きました。
「率直にいうて、ワシはうれしいんですわ。自分の首を切った会社でっしゃろ、北陽電機は。けど42年間働いてきた会社がどうなるか、やっぱり気になるんですわ。この前なんか会社から人手が足らんようになったから応援に来てくれと頼まれたんやけど、ワシ行きましたもん。首切られた会社の応援に。ワシよっぽど人がエエんかなあ」
笑いながら話すゲタキンさんの言葉に、私はうなりました。これが中小企業で働く労働者の心意気なのです。100人そこそこの職場で一緒に苦労してきた仲間たちへの愛着なのです。
ゲタキンさんはいま、全大阪金属労組のボランティア専従の活動をしています。「ワシはましな方です。定年が近かったから。彼みたいに定年までまだ何年もあったのにやめたもんは気の毒や」。ところが、ゲタキンさんが視線を送るその人は、にっこりしながらいいました。「ションボリした気持ちには全然ならんのです。一方的に解雇されたならショックかもしれんが、たたかい抜いて自分で納得してとった行動やから」
またうなりました。たたかいは人間をでっかくするものなのだとしみじみ感じる出会いでした。