日本共産党前参議院議員 山下よしき トップページへサイトマップ
記事検索
くらし応援 戦争NO! 山下よしき
原点・山下よしき

新しい政治の流れ
演説・論戦・講演
活動
活動記録
いつも現場に
総選挙2003
プロフィール
ごあいさつ
略歴
ご案内
事務所のご案内
リンク集
よしきからあなたへ

阪神・淡路大震災から11年 被災地を訪ねて感じたこと

2006年01月17日

photo 1月17日は阪神・淡路大震災の11周年。今年も私は被災地を訪ねました。午前中は全犠牲者追悼・市民のつどい、午後は大震災11年メモリアル集会、夜は小田実氏らの主催する市民集会と回りました。

 11年経って感じたことが2点ありました。ひとつは、阪神・淡路大震災以来の様々な災害被災者の要求と運動が、少しずつではあるけれども、政治を着実に動かしてきていることです。

 阪神・淡路の時には、「私有財産制の国では個人の財産は自己責任が原則」という冷たい政治の壁が被災者を突き放しました。しかし、被災者の運動が、不十分ながらも全壊世帯に最高100万円支給する被災者生活再建支援法をつくらせ(98年)、その後支給額を300万円にまで引き上げさせ(04年)ました。それでも住宅本体の再建費用には使えない(ナント住宅の「解体・撤去」にしか使えないのです!)などの制約がありましたが、中越大震災を機に災害救助法の「応急修理」条項が住宅修理にも適用され、限りなく住宅本体の再建に対する公的支援に近づいてきています。個人宅地の地盤災害への公的支援も大きく改善されました。

 99年に「全国災対連」(災害被災者支援と災害対策改善をめざす全国連絡会)がつくられたことも、運動の蓄積・発展に大きな力となっていることを感じました。阪神・淡路大震災救援・復興兵庫県民会議と全国災対連が主催・後援したメモリアル集会では、阪神・淡路大震災のほかに、三宅島の噴火災害、兵庫県但馬地方の台風23号災害、中越大震災の被災地からも報告がされ、全国の運動の到達点と課題がとてもよくわかりました。

photo ふたつめは、やはり阪神・淡路大震災の被災者の実態の深刻さです。震災直後から、避難所、仮設住宅、災害復興公営住宅で暮らす被災者の生活を支援し続けてきた安田秋成さん(阪神・淡路大震災被災者ネットワーク代表)の報告は涙なしには聴けませんでした。阪神・淡路大震災の被災者の特徴は「孤独死」が多いということだと安田さんは言います。復興公営住宅では、いまも「孤独死」が後を絶ちません。そして、生きながらひざ下が腐った被災者、夜中に犬のようにゴミ袋をあさる被災者…。
(写真は、安田秋成さんと)

 どうして、そんなになるまで近所の人に、自治会に相談しないのか。「人の心が先に死んでしまい、あとで肉体が追いかける」(安田氏)ような状況にまで、被災者が放置されてきたということです。孤独死した人々が死をもって訴えているのは、まさに個人の生活再建はまだできていないということなのです。

 長田民商副会長の戎シズ子さんは、震災で工場も家も仕事もなくし、莫大な借金をかかえて自ら命を絶つケミカルシューズの業者仲間のことを涙ながらに語ってくれました。「震災のときに、融資だけでなくもっと支援があれば…」と言葉をつまらせます。

photo 本当に胸が痛みました。11年間の運動の前進面に確信を持ちつつも、阪神・淡路大震災被災者の「いま」を忘れてはなりません。政治の責任の重さを、あらためて突きつけられた気がしました。きょうは終日、藤木洋子元衆院議員、大沢たつみ前参院議員、堀内てるふみ参院兵庫選挙区予定候補とごいっしょでした。
(写真は、小田実さんと。芦屋「山村サロン」にて)

ぜひ、ご意見ご感想をお寄せください
ひとつ前のページに戻る
日本共産党 市田忠義 しんぶん赤旗
トップページへサイトマップ
Copyright (C) 2003-2006 YAMASHITA YOSHIKI All rights reserved.
本サイトの内容を無断で複写複製することはできません。